2008年11月22日土曜日

絶景の檜洞丸

 2008年11月22日、朝6時に起きた。見事なまでの秋晴れである。これで今年最後の山登りに行けると思いながらも、寒さに負けてダラダラと支度をし、出発したのは7時過ぎ。
 かなり厚着をしたつもりだったが、しょせん上半身だけである。日が昇り始めて間もないだけに、日陰に入るとかなり寒い。国道246号から丹沢湖方面に入ると、東側の山々が大きな影をつくり、丹沢湖に着く前に帰りたくなった。
 道中、朝陽を浴びて黄金に輝く銀杏(?)の美しさに見とれたが、寒くて写真を撮る余裕はなかった。こうして、幸先不安ながらも8時半には西丹沢自然教室に到着。畦ガ丸に登りにきた時とは違い、かなり多くの車が停まっていた。紅葉による集客率とは凄いものである。
 温かいコーヒーを買おうとしたが、自販機は受け付けてくれなかった。時間制なのか良く分からない。分かっている事は、肉体は山に登って温めろというわけだ。

 西丹沢自然教室からさらに奥へと進む。すると右手に檜洞丸への登り口が発見できる。見る限り単なる枯れた沢にしか見えないが、それでもそれが入口だ。
  山道は緩やかで、落ち葉を踏みつつ木々を見ながら歩くのは悪くない。しかし、鼻水が止まらない。右手に沢が見えると、その白さに驚いた。雪なわけではないし、周りの緑と比べると、とても不自然に感じた。道を進むにつれ、徐々に沢へと近づいていく。不思議に思いながらも、もう鼻をかまずにはいられない。鼻をかむため少し休み、間もなくゴーラ沢出合に出た。先ほど不思議に思った白い沢も、こうして河原で白い石を見る分には自然である。
  ゴーラ沢出合から階段を登り、傾斜は厳しくなる。鼻かみ休憩は取りつつ、徐々に山を登っていった。檜洞丸まで残り2kmのところで煙草を一服。ここで手持ちのティシューが底をついた。これはこれで、かなり帰りたい気分にさせてくれたが、もう登るしかない。
 間もなくして展望台に到着。時刻は10時。ようやく木々に邪魔されず富士山を見る事が出来た。さすが秋の空、文句無しの美しさである。ここだけが見所かと思ったら大間違い。この先もしばしば景色が開け、美しい富士山が拝めた。
 山頂まで0.8kmの道標からだろうか。登山道が木道と階段が続く様になった。800mと聞くと短い様だが、山道だとかなり長い。200mほど進むと石棚山やユーシンロッジ側の分岐となる。ここは勿論、左手に進み檜洞丸へ。
 ちなみに鼻水は止まっていない。相変わらず流れ落ちる様に垂れてきていた。こうなれば鼻息で飛ばすだけである。飛ばすだけ飛ばしてタオルで拭く。汚いか?では、どうしろと?山に登るという事は、野生に還るという事。綺麗事ではやっていけないのだよ。
  11時6分、遂に檜洞丸山頂に到着。気候は涼しくても、汗はタップリかかされた。風邪がぶり返している気もしたので、早々に下りたいところだ。おにぎりを3つ食べ、一服して、11時20分には山頂を発った。
  檜洞丸山頂から犬越路へ向かおうとすると、まず度肝を抜かされる。その高低差、その展望の広さ、鼻水垂らしながら登った甲斐があったというものだ。東から西まで180度の展望が開け、色鮮やかな山、山、山。澄んだ空は富士山の向こうに日本アルプス(?)まで見せてくれている。この感動があるから、山に登ってしまうのだ。

 犬越路までの道のりは、最初は楽しいものだろう。山頂の一本道を歩く為、左右の景色が開けているからだ。崖に近い傾斜を下るのも新鮮だ。しかし、それも長く歩いていれば飽きる。そして肉体的に堪える。12時20分、いくつ目のピークだったか数えていなかったが、腰を落として一服。一歩間違えば転落するような道を歩くため、もう少し楽しめそうなのだが、やはり鼻水が私の気分を害している。

 13時、ようやく犬越路の避難小屋に着いた。ここからの下りも傾斜がキツい。これまでの崖の様な傾斜ではなく、普通の山道としての傾斜なので、かなり膝に堪える。しばらく行くと枯れた沢へと出る。これもコースの一部らしい。歩きにくい沢を下っていくと、右手に登山客が見えた。彼らの方にも道があるのか?その道は歩き易い道なのか?そう思いながらも沢を下ろうとすると、彼らが声を掛けてきてくれた。ツアコンなのだろうか、丁度道が逸れる場所らしく、そのまま沢を下ってしまう人も少ないないとか。
  あまり変わらぬ道を下っていく。沢に出ると平坦で楽なのだが、それも長くは続かない。短い鉄橋を数本渡れども、それではまだ道のりには遠い。道が舗装され、立派な鉄橋が見えれば、用木沢出合はすぐそこだ。
 13時55分、用木沢出合に到着。ここには車が2〜3台停められる。大室山と加入道山に登るなら、ここを起点にするのが良いだろう。
 用木沢出合から西丹沢自然教室までは、普通の道路を歩いていく。気温が丁度良く、体が冷えるのを抑えてくれた。14時20分に西丹沢自然教室に到着。とりあえずトイレで鼻をかみ、用を足し、煙草に火をつける。もう帰るのも面倒くさい。
帰り支度をしていると、犬が一匹近づいてきた。餌が欲しいのは伝わってくるのだが、生憎何も持っていないので、私には頭を撫でて謝ることしか出来なかった。
 段差が邪魔をして、バイクを停めた場所から後退で出れず、強引にバスの駐車場方面へと抜けた。それは良いものの、今度はチェーンが張ってあり、バスが出るのを待つか、幸いすぐそこに居るバスの運転手に断ってチェーンを外すか悩んでいたら、バスの出発を待っていた登山客の方がチェーンを持ち上げてくれた。身も心も疲れ果てていたせいか、こんなに心からお礼を言ったのは、人生初かもしれない。

 前を走る車は遅いは、国道246号は渋滞だわで、ノンビリと走らざるを得なかった。むしろそれで丁度良かったのだが。鼻水をすすっている内、胸やけがしてきた。こうなるとオシマイである。吐きそうになりながらも、気持ち悪さを堪えつつ、16時前には帰宅。
 風呂を沸かしながらバイクを片付け、荷物は部屋に放ったらかしてノンビリ入浴。そしてすぐさま布団に潜り込んだ。どうやら熱は出てないらしい。これだけ肉体を酷使したのだ。平地での生活に支障などあるまいて。

2008年11月2日日曜日

伊勢原の大山

 2008年11月2日、朝6時半には起きたものの寒くて動きたくない。空は晴れているが、寒いものは寒い。家でゴロゴロしていたいのが本音だが、なんとか体を動かし、準備を整え、8時前にはバイクに跨がり家を出た。
 休日のこの時間だけに、国道1号の上りは空いていた。下りは箱根を目指す観光客たちだろう。既に流れが遅くなりつつある。大磯で県道63号へと移り北上。長T・薄手のパーカー・Gジャンを着ていたものの既に寒くて、帰りたい気分だった。
 東名高速道路を潜って間もなく、一面が田んぼで景色が開けた。西側には富士山が、そして北側には目指す大山が。綺麗な三角形をしており、そして何よりも大きい。軽い気持ちで出かけただけに、この高さには不安を感じたが、それ以上にテンションが上がってきた。
 県道611号を登っている間に太陽が本格的に照り始め、だいぶ暖かくなってきた。もう引き返す理由はない。後は進むだけだ。
  見事なまでに観光地化された大山。伊勢原市にケーブルカーがある事はおろか、こんな場所がある事すら、今年になるまで知らなかった。既に駐車場待ちの車が並んでおり、時期的なものか人気の高さを伺わせた。
 駐車場から先は一筋の階段が延々と続いており、両サイドには土産店やら飲食店が建ち並ぶ。高知の龍河洞付近と似た様な感じだが、大山の方が濃度は濃い。

 階段を登り続け、大山ケーブル駅に着いたのが8時54分。既に行列が出来ており、9時の便は勿論の事、9時20分の便にも乗れるか怪しい感じだったので、予定外だが阿夫利神社下社まで歩く事にした。
 道は男坂と女坂に分かれており、男坂は鬼畜の様に段差のある階段が激しく続く。しかし私は男である。男なら男坂を選ぶしかあるまい。女坂を選ぶと途中に大山寺があり、ここからケーブルカーに乗る事も出来る。それに比べ男坂では、負け犬にあるのは引き返す事のみ。一度足を踏み入れたら、もう登るしかないわけだ。それにしてもこの大山、神道的な山かと思っていたら、ちゃっかり寺もあるのか。
 女坂と合流すると阿夫利神社下社は目と鼻の先だ。そこには綺麗な階段と社が待っており、食べ物にも困らない。9時半に下社に到着し、ここで一服。男坂でかなりの体力を奪われたのにも関わらず、ここから先が本題というのは厳しいものがある。
  最初に待ち受けるのは急な石段。そこを越えても基本的には階段状の道が延々と続く。人気が高いらしく周りは登山客だらけ。子供連れや年配の方々が多く目につくが、そんな生易しいコースではない。
 9時55分に十二丁目に着いて休憩。目指す山頂は二十八丁目である。十三丁目の辺りで景観が望めた。なかなか素晴らしい景色である。しかし山頂はまだ先だ。これ以上の景色がどんなものなのか、非常に興味がある。
  二十丁目にある富士見台からは、富士山が見える。霞がかった富士山と、雲から頭を付き出す山々。なんとも幻想的ではないか。山頂からは富士山がチラリと見える程度なので、ここでタップリと堪能しておこう。他の登山客の迷惑にならない程度に。
 10時25分、二十三丁目で休憩を取った。時間で見ると大した事ないが、傾斜が急なだけあって、体力はかなり奪われている。鳥居を潜れば山頂はすぐそこだ。10時40分、大山山頂に到着し、驚くべきはその景観。周りの山より高いだけの事はあり、見える範囲も半端ない。塔ノ岳からの景色も凄かったが、まさかそれを越える景色が拝めるとは。
 大山山頂に山小屋はあれど、宿泊施設はない。日の出を狙うならやはり塔ノ岳か、大山なら早朝登山と行ったとこだろう。
  朝食がシリアルだけだった事もあり、かなりお腹は空いていた。山小屋で冷め気味の焼きそば(400円)と豚汁(500円)を購入した。この場所で物を買って食べる事が出来るのだ、何も文句は言えないのだが、私のだけか豚汁に豚肉がまるで入っていないのは少し許し難い。
 山頂には阿夫利神社本社があるが、足を留めて見る程のことはない。人も多い事だし、11時前には下山を開始した。
  下りはまぁいつもながら退屈なので、iPodの登場。見晴台へと続く雷ノ峰尾根も、やはり階段状の登山道だった。
 11時45分には見晴台に到着して一服。悪くない景色だが、山頂からの景色を見た後ではどうでも良い。
  見晴台から阿夫利神社下社までは30分程の距離だ。傾斜はなだらかで、とても歩き易い。大山山頂を目指すなら、見晴台側から登った方が楽かもしれない。
 二重の滝付近で巨大な大木が倒れていた。山に登れば何処でも見れる光景だが、倒れた木々、変なところから生えた木々、とにかく様々で、自然の偉大さを感じる事で自分の小ささを知る。

 12時10分、阿夫利神社下社に到着し、今度こそケーブルカー。あれほど苦労して登った道も、ケーブルカーなら片道5分。12時40分には駐車場に到着し、その頃車で来た方々は、駐車場待ちの大渋滞に遭っていた。

 この日の予定では、ここからさらに相模湖方面へツーリングへ行く事にしていた。時刻的に微妙だが、いざ相模湖へ。季節が季節なだけあって、木陰に入ると寒さを感じるが、快晴の宮ヶ瀬湖を見てしまえば、それも吹き飛ぶ。宮ヶ瀬湖畔園地は大変賑わっていた。そんな中に下品なバイクが多数。暴走族である。八王子から下りてきたのだろうか。見た目もサウンドも、全てにおいて下品である。
 相模湖に向かいながら限界を感じ始めた。手はかじかみ、鼻水は垂れ放題。この辺は道が混むことが多いので、相模湖はチラリと見て、颯爽と津久井湖を目指した。
渋滞に巻き込まれながら三井大橋へと出て、津久井湖を眺める。かなり作業的である。出来れば16時から英会話のレッスンを受けたい為、津久井城跡を諦め、県道65号に乗って厚木へと南下した。
 とにかく寒い。どうしようもなく寒い。愛川町でコンビニに立ち寄り、熱い缶コーヒーで手と体を温め、先に備えた。15時15分には国道246号に出れた。とても微妙ではあるが、ここは諦めるより急ぐ方を選ぼう。東名高速で大井松田まで抜け、国道255号を南下。なんとか16時前には到着し、凍えながら2レッスン受けた。ちなみに、この芯から冷えた状態を、英語では「Cold to Born」と言うらしい。芯か骨かといった違いだけで、根本は同じである。

 自宅に帰って夕食を食べ、この冷えた体をなんとかする為、近所の日帰り温泉へ。混んでいたので湯が程よくヌルく、長湯するには丁度良かった。芯から暖まったところで、そのまま「Red Cliff」を観に行った。山登りも、ツーリングも、温泉も、映画も、何をするにも一人。相手がいないからといって立ち止まるのが嫌いなのだが、それでも一人で行動しすぎな気もした。

2008年11月1日土曜日

大井川鐵道で寸又峡

 2008年11月1日、7時55分の電車で小田原に出た。8時4分の新幹線に乗り、車内で朝食を摂ろうとも思ったが、何も食べずに過ごしてしまった。
 9時前には静岡に着いた。県庁所在地なだけあり栄えているが、浜松の方が勝っている様に感じるのは、私が双方を良く知っていないからだろうか。iPhoneを頼りに駿府公園へと向かった。この町には、それ以外に用がないから。なかなか大きなお堀。見るからに敷地の広さを感じさせる。立派な東御門を潜り、いざ公園を堪能しようとしたら、そこは大道芸大会の会場となっていた。大道芸を否定するわけではないが、今日はそんな姿勢で来た訳ではない。綺麗な公園で、のんびりと歴史を感じたかったのだ。気分を害したので、県庁別館に向かってみたが、展望室の入場は土曜日なせいか10時から。天気が良かっただけに残念だ。駿府公園を一望できないのも残念だ。しかし、驚く程の高さではないので、あっさり諦めることが出来た。
  洒落た建物が見えたので足を向けてみると、そこは静岡市役所だった。特に用もないので写真だけ撮り、KFCに寄って朝食を摂った。私にとって静岡という町は、ついででしかない。

 10時23分の電車で金谷へと向かった。同じ東海道線なのに、ローカル色を強く感じるJR東海。真っ直ぐに伸びた線路、かなり密接な住居、これはこれで良いものだ。
 10時53分に金谷に着き、いよいよ本題に入る。

 大井川鐵道のSLに乗るには、基本的に前々日までの予約が必要だ。当日でも乗れるようだが、時期によっては・・・紅葉の時季は満席必死なので、公式サイトで予約を取っておくのが良いだろう。私にしても、前々から席の空き具合を確認していたのだが、気づけば11月2、3週が満席。さらに気づけば、1週目の日曜も往路は満席。恐ろしいものである。今さらではあるが、往復SLより片方は一般車両でも悪くなかったかもしれない。でも各駅か・・・。
 もう一つの心配事は、座席の形。想像するに4人掛けのBOX席だろう。知らない人に囲まれ、窓際に追いやられたら落ち着けない。かといって、通路側では景色が楽しめない。私が窓際のところへ、子供2人を連れた大人が来たら大変だ。子供2人は窓際を求めるだろうに、そうなると私は通路側へ行かねばならない。それがたとえ指定席でも。いろいろ恐れはしたものの、結果は一組のカップルとの相席だった。私が被害を被る相手ではなくて良かった。
 車内では様々なアナウンスが生で流れる。時にはハーモニカを演奏したりと、旅を飽きさせないのだが、男の一人旅には無用の物だ。脚を組めないのが辛く、寝たり起きたりしながら90分の時間を過ごした。
  12時半に千頭に着き、バスに乗り換えた。千頭駅前の公衆便所の外見は石造りで、原始的なイメージが魅力的だが、中身は現代的なので安心して欲しい。
 バスは大井川沿いを進み、山間へと入っていく。その大半が細い道で、所々に交通誘導員が居ては、対向車の通行を止めていた。一般車両の観光客にはたまらないだろう。
 バスからの景色は絶景である。足を止めたいところだが、バスではどうしようもない。かといって車を路肩に停めたら、非常に迷惑な道幅だ。

 寸又峡に着いたのは13時過ぎ。かなり山奥に来たのに、そこには人が住み、大勢の観光客がいた。宿も困らない程度にあるが、1年を通じて収益を出せるぐらいには稼げているのか疑問に思うほど山奥である。
  寸又峡で私に与えられた時間は1時間。大井川鐵道を堪能するなら、最低でも1泊2日の予定を組んでおく事をお薦めしたい。
 土産物なぞ一切目もくれず、早足で夢の吊り橋へと向かう。この橋の中央で、若い乙女は恋の成就を願うと言うが、観光客だらけの今日という日にそんな乙女がいる筈もなく、そもそも吊り橋の真ん中で立ち止まられては迷惑だ。
 観光客が多いせいか、夢の吊り橋は一方通行に規制されていた。こうなると必然と飛龍橋も回らねばならない。90分と言われるコースを60分以内に回る為、早足で歩き続け、さらには夢の吊り橋の先にある300段以上の階段も急いで登り、飛龍橋へ歩きながら息を整えた。バスの出発する時刻の5分前に着いたのは良いが、我ながら旅行会社に負けない詰め詰めの予定を組んだものである。
  結局のところ寸又峡はどうかと言うと、素晴らしい場所である。大井川の水は美しく、紅葉もそれなりに始まっていて、かなり色鮮やかで美しかった。
 寸又峡は素晴らしいし、大井川鐵道で千頭より先に行ってみたいし、何と言っても秘境駅と呼ばれる尾盛駅に惹かれる。是非とも1泊2日のツーリングで再び訪れたい場所だ。

 行きといい帰りといい、私の特等席は最前列左側の一人席。ここだけは空いているって事は、それだけ独りで来る人がいないって事か。まぁ行きも帰りも異なる方向の景色が楽しめたので文句はない。
 この道中で興味深いのは景色だけではなく、奥泉駅前の公衆便所だろう。千頭駅前といい、何故こんなに原始的なデザインなのか知らないが、それはそれで新しい。外から女子便所が丸見えだったが、とうぜん扉はあるのだろう。

 15時5分に千頭駅に着き、予約していた15時23分のSLに乗った。今度は4人掛けBOX席を独り占めである。景色を堪能し、SLの汽笛に耳を傾ける。行きの時もそうだったが、地元の方々はSLを見ると手を振ってくれる。これは何とも嬉しいものではないか。一人旅の私にはどうでも良かったが。
 90分間景色を眺めているだけでも飽きはしなかったが、空腹に負け、新金谷駅の手前で、早く帰りたい気持ちだけが残った。駅弁の車内販売は完全予約制なのか、多少の余裕があるのか知らないが、帰りのSLであったのは土産物の車内販売のみ。もうどうでも良い。

 金谷駅から東海道線に乗り、掛川で新幹線に乗り換えた。掛川の町を歩きたい気持ちもあったが、既に陽は沈んでいたので断念。まぁツーリングで掛川城には行ったから、それだけでこの町の魅力の80%は満たしているだろう。
 19時には自宅に到着。濃かったのか薄かったのか、良く分からぬ旅だった。次に行く時は一人でバイク、もしくは女性と車か電車で、泊まりがけで来たいものだ。