2008年12月30日火曜日

冬の沖縄ダイビング

 2008年12月27日、今年最後の旅行は沖縄となった。旅行と言ってもスキューバーダイビングのライセンスを取るのが目的なので、観光する余裕は無いだろう。
 11時45分、自宅を出てバスに乗り駅へ。長Tに薄手のジャケット1枚。流石に寒いが、これから行くのが沖縄なだけに、荷物になるような物は着て行きたくない。
 13時半頃に羽田空港に着き、一服した後早々に搭乗ゲートへと向かった。14時40分の飛行機は15分遅れ、さらに離陸も遅れた感じがした。昨日の酒が残っているとも思えないが、やけにトイレが近い。一度尿意を覚えると、すぐ漏れそうになるほど近かった。こんな調子では実習が不安である。

 那覇空港に着いたのは18時前。これからモノレールに乗るぞという時、ダイビングスクールから電話があった。急用が出来たとの事で、本日の学科講習は中止となった。
 旭橋で降り、宿泊先のルートイン那覇へと向かった。荷物があるので寄り道は無しだ。国際通りまでは距離があるので、近場で夕食を摂ることにした。ホテルの近くで人気がありそうな"亀かめそば"に向かったが、売り切れのため終了。出た。最悪である。残りの3日間で、この店を選ぶ事は二度と無いだろう。選択肢は多くないので、近所の食堂"しろま"でソーキそばと生中を注文した。私が一人で外食してアルコール類を注文するのは、生涯初めてだったりする。これが旅行の魔力だろうか。軟骨の入った薄味のソーキそばは、値段は手頃だが、量は少なめ。お腹は空いていなかったし、昨日もたれた胃には丁度良かったかもしれない。
 "しろま"の雰囲気は、ホント町外れの食堂といった感じ。夕飯時なのに酔っ払った老夫婦がいたり、そもそも客が少なかったり、まぁ流行っている雰囲気は無かったが、ローカルな感じで良いのではないだろうか。

 ホテルへ戻り、棺桶より狭そうな風呂に浸かり、明日に備えてくつろぐ事にした。しかし、ここで明日からの予習をすればまだしも、iPhoneでソリティアをやり続けてしまった私。これならば周辺を散策でもするべきだった。
 その後は手持ちのラップトップに苦戦。アダルトDVDを動画ファイルに変換してあったので、これで旅先でも安心(?)と思っていたのに、スペック不足でマトモに再生できない。BIOSの設定を変えたり、VLCをダウンロードしたりと頑張ってはみたが、私の努力は実らず24時を過ぎていた。

 2008年12月28日、とある1人の人間が巨大化するにつれ、世界のサイズも広がっていく。私はその非常事態を止めようと警告音の鳴る中を駆け回るのだが、その警告音が目覚ましの音だと気づいたのは6時15分の事だった。
 朝食のビュッフェは種類に乏しく、とりあえずサラダ中心で腹六分程度に留めた。

 8時になると宿泊先の前にスクールの迎えが来た。学科を後に回し、海へと直行である。私1人に対しインストラクターは2名。1名は新人で本日が初らしいが、ド素人の私にとっては関係ない。むしろ私含めて3人という人数が、先輩後輩的な身近な雰囲気にさせてくれて、とても気楽に教わる事が出来た。

 場所は奥武島。幸いにも天気は良く、長T1枚でも寒くはなかった。水の綺麗さが一目見るだけで分かった。
 小さい頃から素潜り経験があるだけに、泳ぐことにも潜ることにも抵抗はないのだが、重いタンクを背負ってバランスを取るのは難しかった。午前中はそれなりに深い呼吸を維持し続ける事が出来たつもりだったが、午後、昼食で食べたオニギリ3個が、それなりに応えた。水圧で胃が圧迫されたせいか、軽くもたれて呼吸が苦しい。そこで慌ててはなおさら呼吸が乱れるので、終始冷静を保とうとしたが、正直途中で帰りたかった。
 そんなハプニングはあったものの、初のスキューバーダイビングは素敵なものだった。これは確かに楽しい。水の汚い地元でも我慢して、定期的に続けていきたいものだ。

 帰りに天ぷらを買って車中で食べる。おやつの時間に天ぷら。実に沖縄らしい生活ではないか。もずくの天ぷらは意外にも美味しかったが、今回は見送ったハッシュポテトの天ぷらも気になるところだ。

 スクールに戻って学科講習。泳いだ後に学科など、寝てくれと言っているようなものではないか。とはいえ、実際に体験した後では知識の入り方も違うので良いのだが。
 旅行前に予習していた事もあり、テスト〜復習〜テスト〜復習で終わり。途中で眠くなったものの、良いタイミングで一服させてくれたので、なんとか居眠りせずに済んだ。

 18時半には宿泊先に到着。一休みした後、近くのファミマへ夕飯を買いに行った。胃の調子と明日の事を考えると、コンビニで適量を選ぶのがベストと感じたからだ。
 なかなか疲れているので、ホテルでダラダラとしていたが、気づけば24時を過ぎていた。

 2008年12月29日、この日の出発は7時45分。それにも関わらず二度寝してしまい、目覚めたのは7時過ぎだった。朝食は軽く済ませ、身支度をサクサク整えて、時間通りにホテルを出発。

 本日のスポットは砂辺。波打際から入るので、素人の私にはシュノーケルが使いづらい。元々これが嫌いで、素潜りの時はシュノーケルを使っていなかったのだ。
 今日は教わる事はほとんど無い。どちらかと言うと海を堪能する事に重点が置かれている。とはいえ、いくつかの課題は行われたが、ホバリングはどうにも難しかった。
 気温も水温も暖かく、透明度も高い。2日とも環境に恵まれて、私のダイバー人生は幸先が良い。ダイブを2本終えて、スクールで器材の洗浄を教わった。後は書類手続きをして13時半頃には終了。
 海の底という未知の世界は、期待していた通りに神秘的な世界だった。昨日の分でも書いた通り、継続して潜っていこうと思う。それにはまず、未払いの住民税を納め、ある程度の器材は揃えたいところだ。
 まさかの観光時間が取れたので、おもろまちからゆいレールに乗り首里へと向かった。歩いて首里城公園へと向かったものの、その建物は期待していた程ではなかった。何がって大きさ?とても広いイメージを持っていたのだが、なんか肩透かしな感じだ。北京の故宮を訪れていなければ、もっと感動できたかもしれない。
とりあえず所々に生えている木々が、実に南国的というか、不可思議に絡み合っていて素晴らしかった。

  ここから国際通りへ向かうには46番のバスに乗る。と事前にチェックしていたものの、丁度良い時刻では無かったので、そのまま歩く事にした。見知らぬ街は、徒歩で味わうのが一番良い。
 15時を過ぎた頃、天気予報が言ってた通りに雨がパラつき始めた。国際通りに辿り着いた頃には、それなりに強くなってきており、コンビニで傘を購入。流石に疲れたので、ドトールで休憩を取った。
 国際通りは、正直言って楽しくなかった。目的も無ければ、単身だからかもしれない。土産物屋と飲食店が多いので、まぁ楽しみ方次第だろう。日本一ふざけたTシャツ屋(自称)という店がやたらと目についたが、最悪のセンスである。こんなTシャツ、雑巾程度にしかならない。それと相反して素敵なセンスを誇るのがHabuBox。御当地物のTシャツだろうと、デザインは何処に出しても恥ずかしくない物、むしろ何処よりも優れている物を提供する姿勢が必要だ。というわけで、HabuBoxではTシャツを2着購入。
  那覇バスターミナルに着けば、隣には旭橋の駅がある。しかし、それに気づいたのは後の話。壺川方面へと歩いてしまい。気づいたのは駅が見えてから。ただでさえ疲れているのに、この失態。軌道を修正して旭橋駅へと向かい、宿泊先に着いたのは17時10分。道のりだけで8km。ダイビングの後だというのに、なんともはや歩いてしまったものだ。かなり汗をかいていたので、ホテルに着いた直後にシャワーを浴び、再び外へと出た。

 18時に間に合うよう、タクシーに乗って浦添市の勢理客に向かった。インストラクターの方が飲み会に誘ってくれたのである。基本的に飲まない私としては、タクシーに乗ってまで飲みに行くのは感心できなかったが、折角の誘いだし、間違いなく現地の料理が食べられるだろうと思い、参加に至った。
 そして悔いは無かった。かなり楽しかった。これがダイバーというものだろうか。それとも中部〜関西系の方々ばかりだったせいか。半数は初対面だというのに溶け込みやすく、実に楽しい飲み会だった。そして料理も美味。

 21時半頃ホテルへと戻り、コインランドリーで洗濯を開始。乾燥機に入れてから気づいたのだが、洗剤はフロントで購入との事(40円)。特別気になる汚れがあったわけでもないので、そのまま続行。もう少し分かり易くして欲しいものだ。
 酔いを冷ましながら旅行記を書き、湯船に浸かった。とりあえず今回の沖縄で、やり残した事はない。また再来する事を前提に。

 2008年12月30日、一度は6時半に起きたものの二度寝して、7時に床を出て朝食を食べに行った。荷物を持って散策するのもなんなので、9時40分頃まで部屋でダラダラと過ごしていた。
 昨日買った傘はホテルに寄付し、小雨の中を歩いて旭橋へと向かう。10時4分のゆいレールに乗って那覇空港に向かっただけあり、13時の飛行機までは時間があった。

 暇つぶしに雑誌を買おうと本屋へ向かったが、Mac Peopleもファミ通XBOX360も無い。Macに360、どちらも少数派向けの雑誌なので当然か。そこで目についてしまったのが、劇画マッドマックスという雑誌。金を払って読む価値は無いのだが、友人が漫画を書いている筈なので久々に購入した。しかし、そこに彼の絵は無く完全に無駄金を使ったことになった。どうやら別社向けのネームを書いている為、休みを頂いているらしい。そうなるとこの雑誌には用が無いので、ザッと目を通してゴミ箱へ捨てた。

 お腹は空いていなかったが、折角の沖縄なのでA&Wで昼食を食べた。搭乗手続きも早いとこ済ませ、とにかくソリティアで時間を潰す。幸いにも飛行機の遅れは酷くなく。17時半には自宅に着く事が出来た。

2008年11月22日土曜日

絶景の檜洞丸

 2008年11月22日、朝6時に起きた。見事なまでの秋晴れである。これで今年最後の山登りに行けると思いながらも、寒さに負けてダラダラと支度をし、出発したのは7時過ぎ。
 かなり厚着をしたつもりだったが、しょせん上半身だけである。日が昇り始めて間もないだけに、日陰に入るとかなり寒い。国道246号から丹沢湖方面に入ると、東側の山々が大きな影をつくり、丹沢湖に着く前に帰りたくなった。
 道中、朝陽を浴びて黄金に輝く銀杏(?)の美しさに見とれたが、寒くて写真を撮る余裕はなかった。こうして、幸先不安ながらも8時半には西丹沢自然教室に到着。畦ガ丸に登りにきた時とは違い、かなり多くの車が停まっていた。紅葉による集客率とは凄いものである。
 温かいコーヒーを買おうとしたが、自販機は受け付けてくれなかった。時間制なのか良く分からない。分かっている事は、肉体は山に登って温めろというわけだ。

 西丹沢自然教室からさらに奥へと進む。すると右手に檜洞丸への登り口が発見できる。見る限り単なる枯れた沢にしか見えないが、それでもそれが入口だ。
  山道は緩やかで、落ち葉を踏みつつ木々を見ながら歩くのは悪くない。しかし、鼻水が止まらない。右手に沢が見えると、その白さに驚いた。雪なわけではないし、周りの緑と比べると、とても不自然に感じた。道を進むにつれ、徐々に沢へと近づいていく。不思議に思いながらも、もう鼻をかまずにはいられない。鼻をかむため少し休み、間もなくゴーラ沢出合に出た。先ほど不思議に思った白い沢も、こうして河原で白い石を見る分には自然である。
  ゴーラ沢出合から階段を登り、傾斜は厳しくなる。鼻かみ休憩は取りつつ、徐々に山を登っていった。檜洞丸まで残り2kmのところで煙草を一服。ここで手持ちのティシューが底をついた。これはこれで、かなり帰りたい気分にさせてくれたが、もう登るしかない。
 間もなくして展望台に到着。時刻は10時。ようやく木々に邪魔されず富士山を見る事が出来た。さすが秋の空、文句無しの美しさである。ここだけが見所かと思ったら大間違い。この先もしばしば景色が開け、美しい富士山が拝めた。
 山頂まで0.8kmの道標からだろうか。登山道が木道と階段が続く様になった。800mと聞くと短い様だが、山道だとかなり長い。200mほど進むと石棚山やユーシンロッジ側の分岐となる。ここは勿論、左手に進み檜洞丸へ。
 ちなみに鼻水は止まっていない。相変わらず流れ落ちる様に垂れてきていた。こうなれば鼻息で飛ばすだけである。飛ばすだけ飛ばしてタオルで拭く。汚いか?では、どうしろと?山に登るという事は、野生に還るという事。綺麗事ではやっていけないのだよ。
  11時6分、遂に檜洞丸山頂に到着。気候は涼しくても、汗はタップリかかされた。風邪がぶり返している気もしたので、早々に下りたいところだ。おにぎりを3つ食べ、一服して、11時20分には山頂を発った。
  檜洞丸山頂から犬越路へ向かおうとすると、まず度肝を抜かされる。その高低差、その展望の広さ、鼻水垂らしながら登った甲斐があったというものだ。東から西まで180度の展望が開け、色鮮やかな山、山、山。澄んだ空は富士山の向こうに日本アルプス(?)まで見せてくれている。この感動があるから、山に登ってしまうのだ。

 犬越路までの道のりは、最初は楽しいものだろう。山頂の一本道を歩く為、左右の景色が開けているからだ。崖に近い傾斜を下るのも新鮮だ。しかし、それも長く歩いていれば飽きる。そして肉体的に堪える。12時20分、いくつ目のピークだったか数えていなかったが、腰を落として一服。一歩間違えば転落するような道を歩くため、もう少し楽しめそうなのだが、やはり鼻水が私の気分を害している。

 13時、ようやく犬越路の避難小屋に着いた。ここからの下りも傾斜がキツい。これまでの崖の様な傾斜ではなく、普通の山道としての傾斜なので、かなり膝に堪える。しばらく行くと枯れた沢へと出る。これもコースの一部らしい。歩きにくい沢を下っていくと、右手に登山客が見えた。彼らの方にも道があるのか?その道は歩き易い道なのか?そう思いながらも沢を下ろうとすると、彼らが声を掛けてきてくれた。ツアコンなのだろうか、丁度道が逸れる場所らしく、そのまま沢を下ってしまう人も少ないないとか。
  あまり変わらぬ道を下っていく。沢に出ると平坦で楽なのだが、それも長くは続かない。短い鉄橋を数本渡れども、それではまだ道のりには遠い。道が舗装され、立派な鉄橋が見えれば、用木沢出合はすぐそこだ。
 13時55分、用木沢出合に到着。ここには車が2〜3台停められる。大室山と加入道山に登るなら、ここを起点にするのが良いだろう。
 用木沢出合から西丹沢自然教室までは、普通の道路を歩いていく。気温が丁度良く、体が冷えるのを抑えてくれた。14時20分に西丹沢自然教室に到着。とりあえずトイレで鼻をかみ、用を足し、煙草に火をつける。もう帰るのも面倒くさい。
帰り支度をしていると、犬が一匹近づいてきた。餌が欲しいのは伝わってくるのだが、生憎何も持っていないので、私には頭を撫でて謝ることしか出来なかった。
 段差が邪魔をして、バイクを停めた場所から後退で出れず、強引にバスの駐車場方面へと抜けた。それは良いものの、今度はチェーンが張ってあり、バスが出るのを待つか、幸いすぐそこに居るバスの運転手に断ってチェーンを外すか悩んでいたら、バスの出発を待っていた登山客の方がチェーンを持ち上げてくれた。身も心も疲れ果てていたせいか、こんなに心からお礼を言ったのは、人生初かもしれない。

 前を走る車は遅いは、国道246号は渋滞だわで、ノンビリと走らざるを得なかった。むしろそれで丁度良かったのだが。鼻水をすすっている内、胸やけがしてきた。こうなるとオシマイである。吐きそうになりながらも、気持ち悪さを堪えつつ、16時前には帰宅。
 風呂を沸かしながらバイクを片付け、荷物は部屋に放ったらかしてノンビリ入浴。そしてすぐさま布団に潜り込んだ。どうやら熱は出てないらしい。これだけ肉体を酷使したのだ。平地での生活に支障などあるまいて。

2008年11月2日日曜日

伊勢原の大山

 2008年11月2日、朝6時半には起きたものの寒くて動きたくない。空は晴れているが、寒いものは寒い。家でゴロゴロしていたいのが本音だが、なんとか体を動かし、準備を整え、8時前にはバイクに跨がり家を出た。
 休日のこの時間だけに、国道1号の上りは空いていた。下りは箱根を目指す観光客たちだろう。既に流れが遅くなりつつある。大磯で県道63号へと移り北上。長T・薄手のパーカー・Gジャンを着ていたものの既に寒くて、帰りたい気分だった。
 東名高速道路を潜って間もなく、一面が田んぼで景色が開けた。西側には富士山が、そして北側には目指す大山が。綺麗な三角形をしており、そして何よりも大きい。軽い気持ちで出かけただけに、この高さには不安を感じたが、それ以上にテンションが上がってきた。
 県道611号を登っている間に太陽が本格的に照り始め、だいぶ暖かくなってきた。もう引き返す理由はない。後は進むだけだ。
  見事なまでに観光地化された大山。伊勢原市にケーブルカーがある事はおろか、こんな場所がある事すら、今年になるまで知らなかった。既に駐車場待ちの車が並んでおり、時期的なものか人気の高さを伺わせた。
 駐車場から先は一筋の階段が延々と続いており、両サイドには土産店やら飲食店が建ち並ぶ。高知の龍河洞付近と似た様な感じだが、大山の方が濃度は濃い。

 階段を登り続け、大山ケーブル駅に着いたのが8時54分。既に行列が出来ており、9時の便は勿論の事、9時20分の便にも乗れるか怪しい感じだったので、予定外だが阿夫利神社下社まで歩く事にした。
 道は男坂と女坂に分かれており、男坂は鬼畜の様に段差のある階段が激しく続く。しかし私は男である。男なら男坂を選ぶしかあるまい。女坂を選ぶと途中に大山寺があり、ここからケーブルカーに乗る事も出来る。それに比べ男坂では、負け犬にあるのは引き返す事のみ。一度足を踏み入れたら、もう登るしかないわけだ。それにしてもこの大山、神道的な山かと思っていたら、ちゃっかり寺もあるのか。
 女坂と合流すると阿夫利神社下社は目と鼻の先だ。そこには綺麗な階段と社が待っており、食べ物にも困らない。9時半に下社に到着し、ここで一服。男坂でかなりの体力を奪われたのにも関わらず、ここから先が本題というのは厳しいものがある。
  最初に待ち受けるのは急な石段。そこを越えても基本的には階段状の道が延々と続く。人気が高いらしく周りは登山客だらけ。子供連れや年配の方々が多く目につくが、そんな生易しいコースではない。
 9時55分に十二丁目に着いて休憩。目指す山頂は二十八丁目である。十三丁目の辺りで景観が望めた。なかなか素晴らしい景色である。しかし山頂はまだ先だ。これ以上の景色がどんなものなのか、非常に興味がある。
  二十丁目にある富士見台からは、富士山が見える。霞がかった富士山と、雲から頭を付き出す山々。なんとも幻想的ではないか。山頂からは富士山がチラリと見える程度なので、ここでタップリと堪能しておこう。他の登山客の迷惑にならない程度に。
 10時25分、二十三丁目で休憩を取った。時間で見ると大した事ないが、傾斜が急なだけあって、体力はかなり奪われている。鳥居を潜れば山頂はすぐそこだ。10時40分、大山山頂に到着し、驚くべきはその景観。周りの山より高いだけの事はあり、見える範囲も半端ない。塔ノ岳からの景色も凄かったが、まさかそれを越える景色が拝めるとは。
 大山山頂に山小屋はあれど、宿泊施設はない。日の出を狙うならやはり塔ノ岳か、大山なら早朝登山と行ったとこだろう。
  朝食がシリアルだけだった事もあり、かなりお腹は空いていた。山小屋で冷め気味の焼きそば(400円)と豚汁(500円)を購入した。この場所で物を買って食べる事が出来るのだ、何も文句は言えないのだが、私のだけか豚汁に豚肉がまるで入っていないのは少し許し難い。
 山頂には阿夫利神社本社があるが、足を留めて見る程のことはない。人も多い事だし、11時前には下山を開始した。
  下りはまぁいつもながら退屈なので、iPodの登場。見晴台へと続く雷ノ峰尾根も、やはり階段状の登山道だった。
 11時45分には見晴台に到着して一服。悪くない景色だが、山頂からの景色を見た後ではどうでも良い。
  見晴台から阿夫利神社下社までは30分程の距離だ。傾斜はなだらかで、とても歩き易い。大山山頂を目指すなら、見晴台側から登った方が楽かもしれない。
 二重の滝付近で巨大な大木が倒れていた。山に登れば何処でも見れる光景だが、倒れた木々、変なところから生えた木々、とにかく様々で、自然の偉大さを感じる事で自分の小ささを知る。

 12時10分、阿夫利神社下社に到着し、今度こそケーブルカー。あれほど苦労して登った道も、ケーブルカーなら片道5分。12時40分には駐車場に到着し、その頃車で来た方々は、駐車場待ちの大渋滞に遭っていた。

 この日の予定では、ここからさらに相模湖方面へツーリングへ行く事にしていた。時刻的に微妙だが、いざ相模湖へ。季節が季節なだけあって、木陰に入ると寒さを感じるが、快晴の宮ヶ瀬湖を見てしまえば、それも吹き飛ぶ。宮ヶ瀬湖畔園地は大変賑わっていた。そんな中に下品なバイクが多数。暴走族である。八王子から下りてきたのだろうか。見た目もサウンドも、全てにおいて下品である。
 相模湖に向かいながら限界を感じ始めた。手はかじかみ、鼻水は垂れ放題。この辺は道が混むことが多いので、相模湖はチラリと見て、颯爽と津久井湖を目指した。
渋滞に巻き込まれながら三井大橋へと出て、津久井湖を眺める。かなり作業的である。出来れば16時から英会話のレッスンを受けたい為、津久井城跡を諦め、県道65号に乗って厚木へと南下した。
 とにかく寒い。どうしようもなく寒い。愛川町でコンビニに立ち寄り、熱い缶コーヒーで手と体を温め、先に備えた。15時15分には国道246号に出れた。とても微妙ではあるが、ここは諦めるより急ぐ方を選ぼう。東名高速で大井松田まで抜け、国道255号を南下。なんとか16時前には到着し、凍えながら2レッスン受けた。ちなみに、この芯から冷えた状態を、英語では「Cold to Born」と言うらしい。芯か骨かといった違いだけで、根本は同じである。

 自宅に帰って夕食を食べ、この冷えた体をなんとかする為、近所の日帰り温泉へ。混んでいたので湯が程よくヌルく、長湯するには丁度良かった。芯から暖まったところで、そのまま「Red Cliff」を観に行った。山登りも、ツーリングも、温泉も、映画も、何をするにも一人。相手がいないからといって立ち止まるのが嫌いなのだが、それでも一人で行動しすぎな気もした。