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2011年8月28日日曜日

登山中止、その後に

今日は登山でもしようと、昨晩から奥多摩へと向かいました。雲取山から飛龍山への長距離なので、早めに登り始めたいところ。早寝したくとも眠くならないので、0時過ぎには家を出て、鴨沢の駐車場で寝る事にしました。時間が時間なので渋滞はありませんでしたけど、やっぱ距離がありますね。これだけで疲れました。
-奥多摩の朝-

少し雨のパラついた奥多摩。問題なのは朝の天気です。5時頃目覚めると、いきなり右脹脛が攣って幸先不安。上を見上げると、雲がすぐそこまで迫ってきています。余裕で6,7時間のコースならまだしも、明るい内に帰ってこれるかギリギリなコースで、この天気は頂けません。かといって、のんびり様子を見ていれば、今度は帰り道で渋滞に合います。

なので中止。
ここまで来たけど中止。
道が混む前に退散です。
平地は晴天ですが、地元に帰っても山の方は雲がかかった状態。この選択で良かった筈。単独行なので、無理をするにも状況を読まないと。

折角の奥多摩、廃墟の豊富な奥多摩、車で寄り道するには不便なので今日のところはスルーです。他の山を攻めるにも、予習が足りません。
奥多摩を抜け、向かったのはトライアルマート八王子店。南アルプス店の広くて暗くて信用ならない感覚を味わいたかったのですが、八王子店は期待ハズレでした。なにせ「マート」ですから、「スーパーセンター」と比べてはいけません。身近なところだと藤沢羽鳥店がスーパーセンターらしいので、いつか行ってみようと思います。

ここまで来たら、登戸まで行ってしまえ。そんなノリで向かったのが、9月3日に開館を控えた藤子・F・不二雄ミュージアムです。駐車場はありませんので、周辺で探さなければなりません。むしろ電車で来る事をお勧めします。
-藤子・F・不二雄ミュージアム-

登戸からシャトルバスで行って、徒歩で宿河原へ帰り、LAWSON宿河原駅前店に寄るってコース。逆もありでしょう。LAWSON宿河原駅前店、場所は確認しましたが、車を停められる場所がまるで無かったので、入店には至りませんでした。

こんな場所まで来てしまったので、帰りは東名高速です。9時には帰宅して、布団が干せるでしょう。と思ったら12kmの渋滞だとか。まぁ流れない渋滞ではなかったので、まだマシでしたが、猛烈な睡魔に危険な状態です。停められない、代わりもいない、なんとか堪えて海老名SAで15分ほど仮眠。これが単独行のツライところです。
後は順調でした。なんだかんだで10時前には帰宅。かといって何をしたものやら。山は曇り、海は荒れ、平地は晴天。悔しいけど、ゴロゴロしているしかないですね。

2009年8月15日土曜日

日原鍾乳洞

 2009年8月15日、朝8時5分に家を発ち、小田原厚木道路で厚木西まで抜け、厚木で飲み物の調達とガソリンの補給をした。国道129号から八王子バイパスに乗り、9時40頃には国道16号から国道411号へと移りあきる野方面へ。しかし、これは大失敗。国道411号へ移ってすぐ、延々と渋滞が続いていた。道幅は狭く、追い越し出来ない箇所も多い。余裕を持った計画にした筈なので、地道に追い越しつつ前へと進んだ。距離にしたら7km程だろうか、この渋滞の源は東京サマーランドだった。そもそも東京サマーランドが何処にあるのかも知らなかっただけに、全くの予想外。夏にこの辺を走る際は、この道は避けなければならない。

 東京サマーランドを過ぎれば流れは順調で、10時35分、東青梅のコンビニで一服した。お腹が空いていたものの、12時頃に鳩の巣で食事を摂りたかったので我慢した。県道45号で奥多摩方面へ行こうとしたが、この45号に入った瞬間渋滞。何処まで続くか分からないが、道幅が狭ければアウトなので、国道411号で奥多摩を目指す事にした。軍畑の辺りから混み始めてきた感はあったが、部分的な渋滞ばかりなうえ、すり抜けもし易い広さだ。渋滞のピークは御岳であり、そこを過ぎれば快適なものだ。鳩の巣で目を付けていた店が見当たらず素通り。他で食事を摂ろうと思いつつも、気づけば奥多摩に着いてしまった。駅周辺ではバイクの停め場所にも悩むので、日原鍾乳洞周辺で食べれるだろうと思い先へ進んだ。
  日原鍾乳洞へと続く県道204号。この道中には廃村・倉沢があるだけに、集落など無いと思っていた。しかし途中には大沢があり、一番奥の日原にすら結構な民家があった。
 県道204号は車幅が狭く、車が2台走れる場所は多くない。休日で混んでいる事もあり、交通整理がいる程の渋滞。日原鍾乳洞の直前では、駐車場の空き待ちの渋滞が起きていたが、ここで黙っていてはバイクの意味が無いので尋ねたところ、すんなり行かせてくれた。こうして12時10分に到着。
  両サイドに切り立つ岩肌が大迫力である。食事を摂りたいところだが、とりあえず鍾乳洞へ。こういう場所へ来ると必ずいるのが、寒がっている人々。ホントに浅はかな奴らである。
 国内有数の鍾乳洞なだけあって、中はかなり広い。しかしそれだけだ。広いだけに歩き易く、道筋は複雑で、まるで巨大迷路の中にいる様である。鍾乳洞初体験の方には楽しいかもしれないが、他を見た人間からすると退屈な鍾乳洞である。
  鍾乳洞入り口より下流に食堂があったのは知っていたが、バイクは上流に停めてある。上流に駐車場があるぐらいなのだから飲食店もあるだろうと思ったが、閉鎖された建物があっただけだった。奥多摩湖湖畔で食べれば良いと思い、13時10分に日原鍾乳洞を発った。

 出発してすぐ、交差待ちの渋滞が発生。バイクだけ先に行けないか尋ねたところ、駄目だと言う。バイクと車なら交差出来る広さなので、何故駄目なのかは分からない。とにかく駄目なのだ。反対側から来る車の少なさに苛立ちを覚えつつ、20分は待たされただろう。どうにか前に進めたものの、私の前にはワンボックス。日原の集落など反対車線とすれ違う場面になると大苦戦である。頼むから車幅の広い車は、奥まで来させないでくれ。
  県道204号沿いにある倉沢のバス停付近にバイクを停車。ここから県道沿いを少し登ったところに、倉沢のヒノキへと向かう階段がある。片道15分の登り道。傾斜は緩やかで、多くの人が登っているのか歩き易い。倉沢のヒノキから先は道が2つに分かれている。左は道の様な道ではない様な。少し歩いてはみたが、たぶん得るものはない。右の道を5分ほど歩くと廃村・倉沢である。しかし、そこには既に建物は無かった。唯一の家屋は、倉沢まで最後まで住んでおられた方の住居のみ。近くには墓石もあり、死してもなお倉沢と共にある感じがした。そんな想いも気にせず唯一残された家屋に踏み込むような性格はしていないので、上から家屋を眺めただけで退散した。確かにここの景色を見ていると、離れたくない気持ちが分からなくもない。まぁ不便な事は間違いないが。
  14時30分に倉沢を発った。行きに気になっていたのが、白妙橋で頭上にあったトロッコ。これをどうにか見れないかと、大沢で道を逸れてみた。どうにもトロッコ方面へ向かっている気はしないが、上へ上へと走っていると集落を発見。これはこれで味わい深く、満足したのでトロッコは諦めた。後で調べたところ、現役の無人トロッコらしいので、どちらにせよ見れなかっただろう。ちなみに、少し時間が押していた為、大沢の大増鍾乳洞には寄ってこなかった。
  国道411号へ戻るため走っていると、目の前に巨大なプラントが現れた。行きには全く気づかなかった場所である。これが廃墟なら凄いと思ったのだが、これは既に奥多摩駅裏で。そんな場所にこんな巨大な廃プラントが残っている筈もない。そう思い素通りしたが、帰って調べてみると廃プラントだった。これは年内に電車で奥多摩へ出直す必要がある。
  ガムを噛んでいたせいか空腹感は消えていたので、ひたすら奥多摩湖湖畔を走り県道206号へ。少し登った先の駐車場で人々が景色を眺めていたので寄ってみると、そこからは良い感じで奥多摩湖が見えた。かといってノンビリもしていられないので先へ。
 長い道のりを走っている内に、自分の進んでいる方角が分からなくなった。檜原村で道が分岐していたのだが、標識を見てもどちらが目的地方面だか分からない。ここで地図を確認するべきだったのだが、なんとなく五日市方面へ向かってしまった。これが大きな誤りである。本来なら上野原へ抜け相模湖経由で宮ヶ瀬湖へ行く予定だったのだが、”上野原”というポイントを覚えていなかった。あきる野で長い渋滞に掴まった際に現在地を確認したところ、南へ向かう筈が東へ来てしまった事に気づいたのだが、引き返すのもかったるい。かと言って、このまま進むのはかなりの遠回り。答えは簡単そうなのだが、これも道の状態によって変わるものだ。曲がりくねった道を戻るより、このまま八王子に出た方が早いと思って進んでみたが、五日市に入るまでは逃げ場の少ない渋滞で後悔した。

 県道33号から県道32号、県道61号から県道47号と進み、次は県道48号と思いつつも、気づけば相原駅まで来ていた。国道16号にはスンナリと行け、次なる国道413号には確実に乗るべく慎重に走った。国道413号に乗れば津久井町まで一本である。安心できたところで、津久井湖の手前でコンビニに寄りオニギリを3つ食べた。やはり私の旅において、食事の重要度というのが低い。
 県道513号で宮ヶ瀬湖へ。宮ヶ瀬湖にぶつかった瞬間、鬼の様な渋滞が待っていた。花火狙いの渋滞である。私の目的も宮ヶ瀬湖の花火なので、この渋滞に紛れた。しかし猶予はないので、反対車線の車が少ないのを良い事に強引な追い抜き。虹の大橋に至っては、反対車線を逆走しっぱなしである。多くの四輪車をブッチギリ、19時前には湖畔園地の駐車場に到着。撮影の準備をし、花火の上がる19時半を待ち望んだ。
 花火が上がり始め、撮影を開始する。最大の敵は煙である。「花火を取るなら海上花火が良いだろう」そう学び、花火が終わるのを待たずに会場を後にした。この花火客が一斉に帰り出したら、とてもじゃないが何時に帰れるか分からないからだ。他にも同じ事を考えている人々がおり、花火途中にして駐車場へと歩いている。「なんとも風情を大事にしない奴らよ」と、自分を棚に上げつつも思っていた。
駐車場を出ると、そこには多くの路駐者がいた。なんとも惨めな姿である。そこで気づいたのが、彼らの強引なUターンである。花火に見切りをつけ帰り出そうものなら、強引なUターンによる無駄な渋滞が起き兼ねない。路駐が何処まで続いているか分からぬ以上、このまま県道64号を進むのは危険と感じ、不本意ながらヤビツ峠を越える事にした。

 外灯の無いヤビツへの道のり。私の前に車が走っていたので後をついていったのだが、道を譲られてしまった。しばらくして別の車に追いついた。今度は譲られぬ様に距離を置いて走る。しかしこれも、頂上まで後少しというところで譲られてしまった。道が良くなったのを機に、私が距離を縮め過ぎてしまったからだろうか。
 ヤビツからの夜景は絶景である。しかし、展望台から写真を撮ろうとすると木々が邪魔な事を知ったので、アッサリと展望台を立ち去った。20時50分には国道246号へ出て、後はひた走るのみ。決して燃費の良い道のりでは無かったので、かなり不安はあったものの、無事に地元のスタンドまで辿り着けた。1ℓ辺り26kmちょい。あれだけアップダウンしながらもこの燃費なら悪くない。
 何故か自宅に帰るのがかったるく、近所のコンビニで休憩を摂った。自宅に着いたのは21時40分。結局時間に追われた旅だった。

2009年6月13日土曜日

ひとりぼっちの軽井沢 その1

 2009年6月12日、朝4時に起床して支度を始めた。家を出る直前、何かを背負って運転したくないと思い、替えのレンズとMacBookを置いていった。
 5時10分に家を発ち、近所のスタンドでガソリンを補充。三国峠を超えて行こうとしてたのだが、何処かで道を間違えて富士スピードウェイの方に来てしまった。走り慣れたコースを間違える始末。幸先不安である。

 篭坂峠を越える気にはならず、東富士五湖道路を使用。軽自動車用の料金設定がないので、バイクは普通車と同じ額を払わねばならない。なんとも阿呆臭いので山中湖I.C.で降り、6時20分、道の駅"富士吉田"で休憩。早朝な事もあり気温は11℃。少し厚めの装備で来たものの、それでも寒くてペースが遅れた。
  雄大な富士山を背に、下道で大月へと向かう。いつもなら中央自動車道に乗って見る事の出来ない街並みだが、予想よりは栄えていた。とはいえ長閑なものである。
大月からもそのまま国道139号を走る。冷えているせいで尿意が近い。意外と集落が点々とあり、立ちションするポイントを探すのに苦労した。
 正直なところテンションは低い。それを盛り上げてくれたのは、松姫峠付近の景色だった。
  長い道のりを経て、8時40分、奥多摩湖に到着。南湖岸の駐車場付近で、ロープウェイの駅を探した。頭上にはロープが見えるので、それを辿った先へ行く。最初は階段があったのだが、途中からはぬかるんだ急な傾斜。泥で手を汚さぬよう草木を掴んで登った先には、廃れた駅とロープウェイが待っていた。ノスタルジックというより不気味である。チキンなのであまり奥には進まず、対岸の駅へと向かった。
  県道411号からトンネルの手前で左の急傾斜を登る。途中で車両は侵入できなくなるので駐車。少し登れば右手に駅があるのだが、それに気づかず道沿いに左へ曲がった。

ギャーっ!!

 道の真ん中に座り込む老婆。何故そこなのか?何の為にそこにいるのか?とにかく驚いた。問題の駅は一応立入禁止っぽくなっていた。フェンスを越えて行く若さはない、というか見つかって怒られたくないので、外観だけ見て退散。
  日原鍾乳洞に惹かれたが、これはまたの機会と諦め、県道411号を東へ。軍畑から県道53号へ抜け、廃村白岩を目指す。それっぽい通行禁止の道があったが、時間的に冒険する余裕が無かったのでスルー。その反対側にある冠岩も予定に入れていたが、とにかく秩父市内の廃墟は全てスルー。
 国道299号を秩父に向かって走っていると目につく建物。二度目ともなると正体を知らずにはおれず、現地へ向かってみた。そこは三菱マテリアルの横瀬工場。巨大な建築物の後ろには武甲山。かなり雄々しい光景だった。
  11時15分、道の駅"ちちぶ"で休憩。すぐ裏手の秩父太平洋セメントを楽しみにしていたのだが、綺麗な更地と化していた。宿を予約していなければ、このまま帰りたいところである。

 県道82号を北上し長瀞へ。12時5分、白鳥神社に到着し、裏手の山を登った。それとなく道はあるが、かなり草木に覆われている。どうにかこうにか10分程で山頂に着くと、そこには廃墟と化した模擬天守"天神山城"が待っていた。内部はかなり廃れており、簡単に床が抜けそうなので、中には入らず退散した。
 天守を後にしてすぐ、来た道を歩いていない事に気付いた。方角は違えど歩きやすく、下には向かっていたのでそのまま進んだ。明らかに白鳥神社から離れている。そうして現れたのは、一面の花畑と廃墟だった。
  レストハウスだったのだろう。公衆便所も近くにあった。しかし、ここから先の道が見つからない。ここで私も廃れてしまうのだろうか?適当に進んだら下方に舗装された道が見えた。なるほど、花畑は駐車場であり、そこに繋がる道があるわけだ。こうして進んだ先のゲートには立入禁止の文字があった。まぁ出る時に言われても、どうしようもない。
 山の南側に出てしまったので、ゲートから徒歩10分、西側の白鳥神社に戻り、12時50分に出発した。
  県道13号を進み、目指すは藤岡。しかし途中で県道44号へ逸れてしまい、児玉に向かってしまった。
 児玉で給油している最中、国道17号を走るのがかったるく思えた。関東帝国ヒューム管、そしてカッパピアを予定していたが、そこへ行っても立入禁止を無視してゲートを越える性格ではないのは分かったので、高崎へ向かわず国道254号で吉井へ。吉井I.C.から上信越自動車道に乗った。
 14時、甘楽P.A.で一服し、横川S.A.で食事を摂った。かなり予定を変更したので、余裕がある。途中で富岡製糸場が気になったが、廃墟になっているわけではないので、いつの日か気が向いた時にでも行こうと思う。
 碓氷軽井沢I.C.へ下っていると、高岩山が魅力的だった。頂上まで行けるなら、是非とも登ってみたいものだ。後で調べたら、意外と楽に登れるらしい。

 生涯2度目の軽井沢。一度目は妻恋への通り道だったうえ、興味ゼロだったので、かなり記憶にない。そんな軽井沢は、実に軽井沢だった。広い道に素敵な街並み。さすが軽井沢。
  軽井沢は通り道に過ぎなかったのだが、時刻は15時半と余裕があったので、南口のアウトレットモールへ行った。
 今回のツーリングのモットーは「安く」である。宿代を入れても15,000円未満で収まる計算だ。旅費としては予定通りいくだろうが、旅とは関係ない出費をしてしまった。
 モールでNIKEのショップを見つけてしまい、NIKE+iPod用のシューズを購入。専用シューズを買う必要はないのに。使うか分からないドリンクホルダー兼iPodケースも。さらに勢いでウェアも新調。3万円も旅行と関係のない事に使ってしまった。
  16時50分にモールを出て、軽井沢駅北口を見た後、白糸の滝を経由して鬼押出へ。正確には、この付近の廃墟となった展望台が目当て。
 近所の博物館は閉館時刻を過ぎており閑散としていた。そこに来れば誰でも目につく建物なのに廃墟。いくつかの施設が集まっているので、それなりの来客数はあると思われる。この展望台からの眺めは素晴らしいものだろう。しかし廃墟。何故か廃墟。気兼ねなく出入り出来る状態だが、アスベストの問題で廃墟となったのならマスクの一つも欲しいもので、やはり侵入せずに退却した。
 浅間山の巨大さに圧倒されながら国道146号を南下。19時前には中軽井沢の宿”旅籠屋”に到着した。予定を変更した甲斐のある結果だ。
完全に陽が沈んでから空を眺めてみたが、期待した星空は見えなかった。避暑地なだけにかなり涼しく、バイクで夜空を見に行く気にはなれない。かなり疲れていたので、23時には眠りに就いた。