高卒の私が言うのも何ですが大学の数が多いなぁと感じます。進学する気の無かった私は当時の大学の数を知る筈もなく、偏差値の低い大学が存在することも知りませんでした。そもそも偏差値を分かっていなかったし。
団塊Jr.である私の学生時代から約20年、子供の数は減っているのに大学の数は1.5倍にも増えています。でもそれで何の効果があったのか、とても疑問。
そもそも大学なんて、勉強したい事がある人が行くところだと思っていました。でもなんか良い企業に就職する為に行ってる様に感じます。大学で実践的な人を育てろ、なんて声を聞いたこともあるような無いような。いやいや、大学は就職予備校ではないだろう。それなら企業側が高専でも用意しろと。
大学の数が多くなったのは理由があるわけで、大きな流れの一つでしかありません。そしてそれは悪い流れの一つと思っています。
・終身雇用を勝ち取りたい。
・その為には良い大学を卒業しておいた方が良い。
・その為には早い内から学習塾に行っておいた方が良い。
・子育てにお金がかかる。
・やたらと子供が産めない。
高度経済成長期に働いてきた世代にとっては正規雇用が当たり前。その世代から教育を受けてきた世代にも正規雇用が理想的。とうぜんその後の世代の価値観も大して変わりません。
しかし終身雇用なんて崩壊しつつある訳です。大手と呼ばれていた会社が破綻したり、売上が伸ばせないから経費を節約(リストラ)したり、リストラする為には外道な手段を取らざるを得なかったり。いろいろ悪循環。
雇用が流動的になる、つまり中途採用が盛んになれば、様々な問題が解消されると思うのです。
・解雇し易くなれば、企業は無駄な人件費を省けます。
・転職が当たり前になれば、従業員が企業に追い詰められずに済みます。業務の属人化も減ることでしょう。
・また、就職活動も必死にやる必要はないと思います。中途採用が普通になれば、よーいドンを掛ける必要がないからです。
・大事になるのは職務経歴書。どこを卒業したかではなく、何が出来るかをアピールする事が重要です。勉強が嫌いなら早い内に働きに出てスキルを磨く。勉強が好きならば進学する。大事なのは結果です。
となると必要な大学は減るし、教育費も減るし、家庭の負担も減ると。まぁ気楽だった過去に戻す感じですが、そう上手く行くわけがありません。そんなビジョンを持っている子供は少数でしょうし、そもそも私の発想自体が「昔は良かった」的なものだからです。
私は高卒からほぼフリーターで転々として、四十歳直前で正規雇用となった身なので、学歴よりも時代に合ったスキルを身につけることを重視しているわけです。だから成長を止めるわけにはいきません。成長を止めたら次の転職が困難になります。その一方で、正規雇用の立場に安心して成長を止めている自分もいます。
成長を止めたいわけではないのですが、今のタスクを凌ぐのに精一杯なのです。「嫌なら辞めれば良いのに。自殺するぐらいなら辞めれば良いのに。」そう思ってきた私ですが、タスクが多いとそうも言えなくなるものだと実感しました。でもまぁ家庭もローンも無い独り身なので、いつでも投げ出せるから、私は今を続けられるのですが。
だいぶ話が外れましたが、大学が多い。それは終身雇用神話から繋がっていると考えます。なので、それを変えるのは子供ではなく大人の役目。大人の価値観を変えなければ、子供も神話を受け継いでいく事でしょう。
英会話の必修化、プログラミングというか論理的思考の必修化。大人は将来子供に役立つであろう科目を教育に取り入れます。でもですね、これはその時大人が「やっておけば良かった」と思ったことな訳ですよ。それを身につけた子供が社会に出た時には、どういう時代になっているか分かりません。おそらく身につけた知識は時代遅れとなっているものでしょう。
なので、まずは大人が覚えるべきではないのか?と思うわけです。
いまだに英語すら話せない大人。いまだに論理的思考の出来ない大人。自分に出来ないことを次の世代にやれって、自分が子供なら納得できません。まずはお前がやってみせろと。
先行き不安な日本の将来ですが、それを政府や企業や次世代に任せず、まずは大人が各自で変わるべきだと言うことです。
そういう私はどうかと言うと、週末に仕事を持ち帰ったものの、気分が乗らずにこんな駄文で時間を無駄に費やして、来週もタスクに追われる日々を過ごす駄目な人間です。
「週末は休む」と決めれば趣味や学習に時間を割けるのでしょうが、「週末に仕事を片付ける」つもりでいると、現実逃避で無駄な時間を過ごしてしまいます。そして日曜の夕方、こんな駄文を書いている内に「明日から頑張れば良いや」と開きなおるわけです。
就寝まで残り数時間。プライベートのタスクだけこなして、後はゲームでもやろう。仕事は勤務時間内にやるもんだ。
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