2009年9月5日土曜日

道志みちから山中湖

 2009年9月5日、6時半に家を出て横浜へ。8時に横浜町田IC付近で待ち合わせなので早めに出たが、東名高速を使うと確かに早すぎたので、海老名SAで30分ほど休憩。やはりチキンな私に高速道路は堪える。
  予定時刻前には友人と合流し、国道16号を走って橋本へ。この時間から混んでいるとは、恐るべしである。橋本から国道413号で津久井湖方面へ行く予定だったが、良く分からぬ道へ。方角は合っていたので、コースを変えて津久井湖沿いを走らずに道志みちへと入った。

 道志みち、その存在は知っていれども、走る事のなかった道路。山間を走る道志みちは、時として素晴らしい光景を見せてくれ、かつ遅い車の後ろにつかない限りは実に走り易い道である。道志という土地も実に味わい深くて落ち着ける。ただ道中暫くコンビニが無い。途中で尿意を激しく覚えたが、立ち止まる機会を掴むのに実に悩んでしまった。そうして立ち寄ったのは道の駅”どうし”。多くのバイク乗りが休憩しており、駐輪場を見る限りではまるでバイク屋である。彼らが走りに来た気持ちも良く分かる。
  山中湖へ出てから湖畔を走り、西側のボート乗り場付近で休憩。白鳥のボートと本物の白鳥が纏めて見れたのは嬉しかった。

  すぐ近くの山中諏訪神社に寄った後、花の都公園へ。山中湖付近で働いていた事もあり、忍野八海にも何度か訪れているだけに、目にした事は少なくない場所なのだが、訪れるのは初めてだ。

  これがまた広い。そして美しい。時期的に目立ったのがヒマワリとコスモスだが、間近でのんびり見ると良いものである。敷地内には滝やら水車やらもあり、かなり時間が潰せる。昼食にほうとうを食べたら、帰るのがかったるくなるほど落ち着いてしまった。


 とはいえ最後の目的は、トドメの様に落ち着かせる紅富士の湯である。残念ながら富士山には雲がかかっていたが、日中なだけあり空いていたので快適だった。

 風呂を出てゴロリと横になったものの、15時には出発。道志みちは来た時よりも快適で、道端で一度休憩したきり、そのまま津久井湖付近のコンビニまで走ってしまった。国道413号はやはり渋滞しており、のらりくらりと進んで城山ダム付近の公園で休憩。それなりに綺麗な場所ではあるが、湖は一望できなかった。敷地内の観光会館は17時閉店で、まさかこの時刻に蛍の光を聴く羽目になるとは予想もしていなかった。売ってる物は観光客向けでもあり、地元客向けでもあり、良く分からぬ店。古ぼけた街並、そして天守は無いくせに”津久井城”の幟を無数に掲げる津久井湖城山公園。観光客を掴もうとする気持ちは分かるが、方法を分かっていない感があり、そんな長閑さが素敵な街である。

 橋本までもひたすら渋滞。連れを横浜町田IC付近まで送ろうと思っていたが、この渋滞の中お互い気を使った走りをするより、早めに分かれるが吉と思い、国道16号への分岐で解散した。厚木まで下り、そこからは東名高速。完全に陽が落ちる前に帰れそうなペースだったが、中井PAで無駄にダラダラと休憩している間に周りは暗くなってしまった。地元に着いても本屋で立ち読みして帰ろうとしない私。旅の終わりを実感するのが嫌なのか、単に帰ると片付けが待っている現実が嫌なのか。とはいえ19時半には帰宅した。

 淡々と書いてしまったが、道志みちはまた走りたい。道中の写真を撮りたいので、伊勢原〜宮ヶ瀬湖〜道志〜山中湖〜小山と一周してくるコースも良いだろう。

2009年8月29日土曜日

ガンダムとY150

 2009年8月29日、午前中から都内へと向かった。大井町からりんかい線に乗り、東京テレポートで下車。目指すはお台場なのだが、真逆の方向へと歩いてしまった。その事実に気づいたのは東京ビッグサイトを通り過ぎてからであり、軌道修正を試みようにも方向感覚が無いので、無意味にビッグサイトを一周してしまった。暑い日差しの中脚も疲れたので、国際展示場からゆりかもめに乗った。その混み様から乗車制限されているという台場。それ故にりんかい線を使ったのだが、降車する分には制限などないので、始めからゆりかもめで向かっていれば良かった。

 船の科学館を過ぎれば目的の物が見えてくる。そう、等身大ガンダムである。大して動くわけでもなく、ただ等身大というだけなので、始めは興味がなかったガンダム。しかし、それも8月31日までともなると見たくなってしまったのだ。
 台場から歩く人の量は多い。老若男女様々な人がガンダムへと向かっている。普通の人でもガンオタは少なくないので、想像よりは暑苦しくなかった。
  予想以上の時間をかけて目撃したガンダム。間近で見ると18mはやはりデカイ。馬鹿なものを作ったものである。とはいえ、等身大を作るとしたら、当たり障りのない初代ガンダムを選択するのは利口なところである。やれアッグガイだのパーフェクト・ジオングだのと、性格の捻くれた奴らに答えていたらキリがないからだ。ちなみに私の希望はザクタンクである。
 ガンダムの股の下を潜るのに多くの人が並んでいた。それをしたからと言って何になるわけでもないので、私は傍観。屋台が多く並んでいたので、広島焼きを食べたのだが、キャベツばかりで値段に相応していない内容だった。残念な想いで空腹を満たしていると、ガンダムが首を動かし始めた。やはりどうでも良い事だ。とはいえ、撮り甲斐のある被写体である事に違いなく、望遠と魚眼で堪能させて頂いた。
  帰り際、潮風公園のゴミ箱を見るとペットボトルが溢れていた。実に都会的な光景である。
 あえて船の科学館からゆりかもめに乗り、無事に座る事も出来た。前には若いカップルが座り、季節がら少女は生脚をはだけている。脚フェチとしては気になるところで、フォルムは悪くないがもう少し毛の手入れをした方が良いだろう。まぁこれだけ間近で見ない事には気にならない程度だが。

 次の目的地は横浜だ。みなとみらい線で中華街へ行こうと電車に乗り込むと、電車は逆方向へ進んでいった。何も考えずに出発直前の電車に乗ってみれば、この様である。大人しく次の停車駅で乗り換えて、元町中華街へと向かった。

 久々に来た中華街。こうして見ると、外国人が想像する中国を街にしている様な感を受けた。単に本土が徐々に現代的になってきているだけかもしれないが。
 魚眼を装備していたのだが、オブジェ的な物が想像以上に少なく、魚眼を活用する場に悩んだ。それでも何枚か撮影した後、山下公園から歩いてみなとみらいへと向かった。
  さすが横浜、この辺は実にアート的で歩いていても一向に飽きない。但し男一人で立ち寄る場所はない。もちろん、私が場違いなだけという事は自覚している。

  一つ目の目的はY150の巨大グモ”ラ・マシン”。むしろそれしか興味がないので、どうにかタダで見れないかと歩いていたら、サークル・ウォークから見る事が出来た。17時の公演まで15分ほど。サークルウォークから眺める貧乏人たちに紛れて待っていると、夜間割引券(¥1,200-)の存在を知った。このまま遠目に見ているのは惨めだし、遠目に見るラ・マシンは1,200円の価値があると思い、入場する事を決意した。

 結構な人だかりだが、撮影する分には望遠があるので問題ない。ビデオ撮影している人もいたが、この人たちは帰ってからそれを見るのだろうか。そうして見ていると、どうにも間近で撮りたくなってきた。ラ・マシンの接近に伴って、後退する見学客。その乗じて最前列へ向かい写真を撮っていると、ラ・マシンが水を吐き出した。これはこれで楽しいのだが、水からカメラを守る事に必死だった私。
  ラ・マシンに満足した私は、海のエジプト展を見にパシフィコ横浜へ。しかし時すでに遅し。最終入場が17時と、実に子供だけに的を絞った公開時間に肩を落とし、私はただただ立ち去るしかなかった。

  食事を摂りながら陽が落ちるのを待つ。最後の目的はコスモワールドの撮影である。この為に小さい三脚とリモコンも用意してある。そこでの撮影に満足した私は、そのまま帰らず税関方面へと歩いた。どうせなら夜景も撮っておきたいからだ。

 最後に横浜市開港記念会館を撮り、日本大通りから電車に乗って帰宅。かなりカメラ三昧で有意義な一日だった。

2009年8月15日土曜日

日原鍾乳洞

 2009年8月15日、朝8時5分に家を発ち、小田原厚木道路で厚木西まで抜け、厚木で飲み物の調達とガソリンの補給をした。国道129号から八王子バイパスに乗り、9時40頃には国道16号から国道411号へと移りあきる野方面へ。しかし、これは大失敗。国道411号へ移ってすぐ、延々と渋滞が続いていた。道幅は狭く、追い越し出来ない箇所も多い。余裕を持った計画にした筈なので、地道に追い越しつつ前へと進んだ。距離にしたら7km程だろうか、この渋滞の源は東京サマーランドだった。そもそも東京サマーランドが何処にあるのかも知らなかっただけに、全くの予想外。夏にこの辺を走る際は、この道は避けなければならない。

 東京サマーランドを過ぎれば流れは順調で、10時35分、東青梅のコンビニで一服した。お腹が空いていたものの、12時頃に鳩の巣で食事を摂りたかったので我慢した。県道45号で奥多摩方面へ行こうとしたが、この45号に入った瞬間渋滞。何処まで続くか分からないが、道幅が狭ければアウトなので、国道411号で奥多摩を目指す事にした。軍畑の辺りから混み始めてきた感はあったが、部分的な渋滞ばかりなうえ、すり抜けもし易い広さだ。渋滞のピークは御岳であり、そこを過ぎれば快適なものだ。鳩の巣で目を付けていた店が見当たらず素通り。他で食事を摂ろうと思いつつも、気づけば奥多摩に着いてしまった。駅周辺ではバイクの停め場所にも悩むので、日原鍾乳洞周辺で食べれるだろうと思い先へ進んだ。
  日原鍾乳洞へと続く県道204号。この道中には廃村・倉沢があるだけに、集落など無いと思っていた。しかし途中には大沢があり、一番奥の日原にすら結構な民家があった。
 県道204号は車幅が狭く、車が2台走れる場所は多くない。休日で混んでいる事もあり、交通整理がいる程の渋滞。日原鍾乳洞の直前では、駐車場の空き待ちの渋滞が起きていたが、ここで黙っていてはバイクの意味が無いので尋ねたところ、すんなり行かせてくれた。こうして12時10分に到着。
  両サイドに切り立つ岩肌が大迫力である。食事を摂りたいところだが、とりあえず鍾乳洞へ。こういう場所へ来ると必ずいるのが、寒がっている人々。ホントに浅はかな奴らである。
 国内有数の鍾乳洞なだけあって、中はかなり広い。しかしそれだけだ。広いだけに歩き易く、道筋は複雑で、まるで巨大迷路の中にいる様である。鍾乳洞初体験の方には楽しいかもしれないが、他を見た人間からすると退屈な鍾乳洞である。
  鍾乳洞入り口より下流に食堂があったのは知っていたが、バイクは上流に停めてある。上流に駐車場があるぐらいなのだから飲食店もあるだろうと思ったが、閉鎖された建物があっただけだった。奥多摩湖湖畔で食べれば良いと思い、13時10分に日原鍾乳洞を発った。

 出発してすぐ、交差待ちの渋滞が発生。バイクだけ先に行けないか尋ねたところ、駄目だと言う。バイクと車なら交差出来る広さなので、何故駄目なのかは分からない。とにかく駄目なのだ。反対側から来る車の少なさに苛立ちを覚えつつ、20分は待たされただろう。どうにか前に進めたものの、私の前にはワンボックス。日原の集落など反対車線とすれ違う場面になると大苦戦である。頼むから車幅の広い車は、奥まで来させないでくれ。
  県道204号沿いにある倉沢のバス停付近にバイクを停車。ここから県道沿いを少し登ったところに、倉沢のヒノキへと向かう階段がある。片道15分の登り道。傾斜は緩やかで、多くの人が登っているのか歩き易い。倉沢のヒノキから先は道が2つに分かれている。左は道の様な道ではない様な。少し歩いてはみたが、たぶん得るものはない。右の道を5分ほど歩くと廃村・倉沢である。しかし、そこには既に建物は無かった。唯一の家屋は、倉沢まで最後まで住んでおられた方の住居のみ。近くには墓石もあり、死してもなお倉沢と共にある感じがした。そんな想いも気にせず唯一残された家屋に踏み込むような性格はしていないので、上から家屋を眺めただけで退散した。確かにここの景色を見ていると、離れたくない気持ちが分からなくもない。まぁ不便な事は間違いないが。
  14時30分に倉沢を発った。行きに気になっていたのが、白妙橋で頭上にあったトロッコ。これをどうにか見れないかと、大沢で道を逸れてみた。どうにもトロッコ方面へ向かっている気はしないが、上へ上へと走っていると集落を発見。これはこれで味わい深く、満足したのでトロッコは諦めた。後で調べたところ、現役の無人トロッコらしいので、どちらにせよ見れなかっただろう。ちなみに、少し時間が押していた為、大沢の大増鍾乳洞には寄ってこなかった。
  国道411号へ戻るため走っていると、目の前に巨大なプラントが現れた。行きには全く気づかなかった場所である。これが廃墟なら凄いと思ったのだが、これは既に奥多摩駅裏で。そんな場所にこんな巨大な廃プラントが残っている筈もない。そう思い素通りしたが、帰って調べてみると廃プラントだった。これは年内に電車で奥多摩へ出直す必要がある。
  ガムを噛んでいたせいか空腹感は消えていたので、ひたすら奥多摩湖湖畔を走り県道206号へ。少し登った先の駐車場で人々が景色を眺めていたので寄ってみると、そこからは良い感じで奥多摩湖が見えた。かといってノンビリもしていられないので先へ。
 長い道のりを走っている内に、自分の進んでいる方角が分からなくなった。檜原村で道が分岐していたのだが、標識を見てもどちらが目的地方面だか分からない。ここで地図を確認するべきだったのだが、なんとなく五日市方面へ向かってしまった。これが大きな誤りである。本来なら上野原へ抜け相模湖経由で宮ヶ瀬湖へ行く予定だったのだが、”上野原”というポイントを覚えていなかった。あきる野で長い渋滞に掴まった際に現在地を確認したところ、南へ向かう筈が東へ来てしまった事に気づいたのだが、引き返すのもかったるい。かと言って、このまま進むのはかなりの遠回り。答えは簡単そうなのだが、これも道の状態によって変わるものだ。曲がりくねった道を戻るより、このまま八王子に出た方が早いと思って進んでみたが、五日市に入るまでは逃げ場の少ない渋滞で後悔した。

 県道33号から県道32号、県道61号から県道47号と進み、次は県道48号と思いつつも、気づけば相原駅まで来ていた。国道16号にはスンナリと行け、次なる国道413号には確実に乗るべく慎重に走った。国道413号に乗れば津久井町まで一本である。安心できたところで、津久井湖の手前でコンビニに寄りオニギリを3つ食べた。やはり私の旅において、食事の重要度というのが低い。
 県道513号で宮ヶ瀬湖へ。宮ヶ瀬湖にぶつかった瞬間、鬼の様な渋滞が待っていた。花火狙いの渋滞である。私の目的も宮ヶ瀬湖の花火なので、この渋滞に紛れた。しかし猶予はないので、反対車線の車が少ないのを良い事に強引な追い抜き。虹の大橋に至っては、反対車線を逆走しっぱなしである。多くの四輪車をブッチギリ、19時前には湖畔園地の駐車場に到着。撮影の準備をし、花火の上がる19時半を待ち望んだ。
 花火が上がり始め、撮影を開始する。最大の敵は煙である。「花火を取るなら海上花火が良いだろう」そう学び、花火が終わるのを待たずに会場を後にした。この花火客が一斉に帰り出したら、とてもじゃないが何時に帰れるか分からないからだ。他にも同じ事を考えている人々がおり、花火途中にして駐車場へと歩いている。「なんとも風情を大事にしない奴らよ」と、自分を棚に上げつつも思っていた。
駐車場を出ると、そこには多くの路駐者がいた。なんとも惨めな姿である。そこで気づいたのが、彼らの強引なUターンである。花火に見切りをつけ帰り出そうものなら、強引なUターンによる無駄な渋滞が起き兼ねない。路駐が何処まで続いているか分からぬ以上、このまま県道64号を進むのは危険と感じ、不本意ながらヤビツ峠を越える事にした。

 外灯の無いヤビツへの道のり。私の前に車が走っていたので後をついていったのだが、道を譲られてしまった。しばらくして別の車に追いついた。今度は譲られぬ様に距離を置いて走る。しかしこれも、頂上まで後少しというところで譲られてしまった。道が良くなったのを機に、私が距離を縮め過ぎてしまったからだろうか。
 ヤビツからの夜景は絶景である。しかし、展望台から写真を撮ろうとすると木々が邪魔な事を知ったので、アッサリと展望台を立ち去った。20時50分には国道246号へ出て、後はひた走るのみ。決して燃費の良い道のりでは無かったので、かなり不安はあったものの、無事に地元のスタンドまで辿り着けた。1ℓ辺り26kmちょい。あれだけアップダウンしながらもこの燃費なら悪くない。
 何故か自宅に帰るのがかったるく、近所のコンビニで休憩を摂った。自宅に着いたのは21時40分。結局時間に追われた旅だった。