2009年5月3日日曜日

電車で西日本 その4

 2009年5月3日、6時半に目が覚めたので昼食に適した店を探していた。小牧城と清洲城を見て早々と帰る。昨晩はそんなつもりだったが、折角の旅なのにそれは勿体ないのではないかと感じ始めた。
 名古屋港水族館、あそこに次回行く時は、是非とも異性とショーを堪能したい。となると他の天守か。身近な天守を探したところ、目についたのが大垣城と墨俣城。どちらも岐阜県大垣市である。昨日通り過ぎているだけに、また引き返すのは阿呆らしい。とはいえ清洲から遠いわけでもないので、行く方向で計画を修正した。
 そうこうしていたら7時30分を過ぎてしまったのでペースアップ。7時50分にはプランを仕上げて、8時5分にチェックアウト。退室直前には窓から犬山城をチラ見して、別れを告げた。

 犬山駅の階段を上っていると、前には一人の女子高生。他には誰もいない。この短さ、この状況、距離をあけておけば見えたのではと感じ、階段に上る前に状況を確認しなかった自分を呪った。 不純な思いを残しつつ、8時27分の電車に乗り小牧へと向かった。

 8時43分、小牧駅に到着。主となるのは東口かもしれないが、バスターミナルのある西口には噴水があり、このデザインが素敵だった。しかしバスの時刻が迫っていた為、撮影は断念。便が少ないので、一本逃したら計画が台無しになってしまう。
 バスが東口へと抜けた時、目の前に小牧城が見えた。後になって気づいた事だが、小牧城を見上げるならば、東側からがベストなのかもしれない。
  8時56分、小牧山南方にあたる犬山市役所前で下車し、対面の山を登っていく。天守まで片道10分とかからぬ距離だが、それなりに大きいので散歩するには良い場所だ。小牧城=小牧市歴史観なので、中に入るつもりは毛頭ない。天守だけ見て早々に下山。小牧山山頂にそびえる天守を撮ろうとポイントを探した。市役所の対面にあるAPITAの駐車場は4階にある為、高さ的には悪くない。しかし、それでも木々が邪魔して満足できる見え方ではなかった。南側が正面ではあるものの、撮影スポットとしては宜しくない。
 バスの便が少ない為、ここで朝食を摂る余裕がある筈だったが、予想に反してバスの便は少なくなかった。名古屋駅(名鉄バスセンター)行きの都市間高速バスが通っていたのである。日曜のこの時間という事で1時間に3本もあり、しかも名古屋駅直行。これのお陰で岩倉駅経由の計画から20分は前倒せた。

 名古屋駅で改札をくぐってからコインロッカーに荷物を入れようとしたが、コインロッカーの存在も分からず、電車もすぐにあった為、そのまま背負っていく事にした。
 東海道線に乗るためエスカレーターを上っていると、前に高校生ぐらいのカップルがいた。肩から下げたバッグがスカートを捲し上げており、ちょっとした角度で見えてしまうのではないかと思える程だ。むしろ、もう見えていてもおかしくない。
 電車に乗り座席についたところ、そのカップルも近くに立った。スカートの捲し上げられた左側を向けろと節に祈ったが、思いは届かず右側ばかり。しかし、このカップルが私と同じ清洲で下りれば、それは見る者と見られる者との運命なのだろうと感じた。されど人生とはそう甘いものではなく、清洲で下りたのは私だけだった。

 清洲駅から出ると、そこの空気は止まっているかの様に閑散としていた。GW中のため周辺の工場が休みだからかもしれない。物静かな線路沿いを歩くこと15分、清洲城への案内板はあるものの、他に見所のどころか城が近づいている気配すら感じさせない、実に退屈な道のりだった。
  こうして期待が薄まってきた頃に現れた清洲城は、なんとも素敵な城であった。狭い敷地の中に十二分の要素が詰まった清洲城。言うならば”お城付きの日本庭園セット”といったところか。丸ごと部屋に置いておきたい城である。

 城内には入らず、来た道を引き返した。11時13分の電車で大垣へ。流石に岐阜まで戻ってきた時は、とても変な気分だった。

 ムーンライトながらのお陰で、妙に聞き慣れている”大垣”。その大垣に遂に下りたが、けっこう栄えているではないか。とはいえノンビリと街並を眺めている余裕も、荷物をコインロッカーへ入れている余裕も無く、南口2番乗り場より11時55分のバスに乗り込んだ。これを逃すと次は1時間後だ。
 墨俣のバス停は、岐阜駅発の岐阜バスが折り返す地点でもある。一応チェックはしたのだが、今回は大垣駅〜墨俣を往復するコースを選んだ。
  墨俣のバス停から川沿いの道に出ようとしたら、寺町という寺が密集した地域に入った。特に興味がないので足は休めず、川沿いを墨俣城へ向けて北上した。桜の木が並ぶ道、桜が散ってもBBQを楽しめる土手、その川の向こうには長良川。なんとも素敵な環境だ。
 墨俣のバス停から10分ほどで大垣城に到着。正式名称が”墨俣一夜城歴史資料館”という事で、綺麗ではあるが中に入るほどではない。歴史に忠実に再現するならば天守は存在しないらしいのだが、あえて天守を建設したのは良い選択だったと思う。

 帰りのバスまで時間があるので、この変で食事を摂ろうとも考えていたが、実際はそこまで余裕がなく、13時2分のバスで大垣駅方面へ引き返した。
 ちなみに大垣駅方面のバス停だが、行きのバス停より200mほど大垣駅方面へ行ったところにポツリと標識が立っている。実に見落とし易いバス停だ。

 大垣駅までは行かず、2つ手前の郭町で下車すると、大垣城が非常に近い。天守以外に見所もなく、写真を一枚撮って立ち去った。これで良いのかと思うほど、短い時間で用が済んでしまった。

 大垣駅に着いたのが13時35分。遅くとも14時40分発の電車に乗れば良いので、安心して昼食を摂る事が出来た。のんびりと煙草を吸いながらMacbookを広げたかったので、料理の種類にこだわらずミスドへ入る。写真は全てMacbookへ取り込み、カメラはバッグに収納。これで帰る準備は整ったので、結果としては荷物をコインロッカーに入れなかったのは正解だった。
 やるべき事は終わったので、少し早めに大垣を出発。14時55分には名古屋に着き、新幹線の出発時刻まで約30分と悪くない進行だ。15時22分の新幹線で名古屋に別れを告げた。車内ではひたすらこれを書いていたのだが、気づけば小田原直前。途中で停車する駅が無かったので、72分で着いてしまった。
 急いで荷物を纏め、忘れ物の有無も確認して下車。東海道線には待たされたが、鴨宮駅から歩いても17時半より前には帰宅できた。

 GWのラッシュを感じる事もなく、言葉通り”広く浅い”旅ができて満足である。

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