2014年7月15日火曜日

日本人と移民

政治や社会に詳しくないので、間違いは多々あるかもしれません。低所得で甲斐性なしの独り者がボヤイている程度に捉えて下さい。

国内リーグがまとまらず、国際試合が出来なくなりそうな日本のプロバスケ。どうせ日本人では世界に通用しないのだから、無理に変える必要は無いとの声も聞こえます。
変える変えないの問題については、私は変えない派。bjリーグは面白いと思いますので。
でもそもそも、日本人の定義は何のか?日本国籍を持っていれば、それは日本人なのではないでしょうか?モンゴロイドである必要は一切ないと思います。
仮にプロバスケ選手が白人および黒人のみにだったとしても、彼らが日本国籍を持っていれば、それは日本人のバスケな筈です。国際試合は国同士の戦いであり、人種間の争いではないのですから。

他のスポーツでも然り。社会そのものも然り。今も昔も人種の壁を越えられているように思えません。それは他の国でも言える事でしょうが。

そこでタイトルの移民についてですが、他の人種が入ってくる事は悪いことではないと思います。マイナス面だけを見ていたら、過去に移民してきた方々、移民した方々に失礼です。
ただ問題なのが、その理由です。人口減少に対応する為の移民政策。全く改善されない年金問題。働き手の不足による企業の倒産。それを補う為に募られた移民に、満足できるだけの生活が保障できるのでしょうか?
国を維持する為の人なのか?人がいるから、そこに国があるのではないでしょうか?

国民をゴキブリ呼ばわりした政治家がおりますが、まぁ庶民なんてそんなものでしょう。しかし、政治家が人間で国民がゴキブリなんて事はありません。国民がゴキブリならば、政治家はゴキブリの代表にすぎないのです。
「皇族が人で、国民がゴキブリ」ならばまだ分かるかな。皇族があり、国土があり、そこに住む人々がいて、それを纏める国家がある訳ですから。

グーグル創業者のラリー・ペイジ氏が、もう十分豊かな時代なのだから、必死に働く必要はないのでは、と語ったそうな。確かにそうだと思います。
必死に要らない仕事や要らない物を作って、金を稼ぐ。生活を維持する為に、国民はそうせざるを得ない。人々の生活を支える為の国だと思うのですが、国を支える為に人が働かされている様に感じます。

「ゆとり」と揶揄される世代がおりますが、これからの時代、求められるのは「ゆとり」なのではないでしょうか?それを求め作り出したのは前世代の人々ではないでしょうか?
贅沢は出来なくとも、業務に見合った賃金と、立場に見合った責任が保障される事が、最低条件だと思います。
移民して良かったと思える日本でありますように。

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